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›May 13, 2004

【金融特区】山中先生追悼

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2004年、5月11日。
山中貞則氏(自民党最高顧問、初代沖縄開発庁長官)の名誉県民顕彰・追悼式が那覇市の県立武道館で開催されました。

山中氏は、本年2月に82歳で亡くなるまで、沖縄の復帰や復帰後の発展に尽力してきた人物。例えば、円・ドル交換の差額補填、沖縄振興開発計画の策定、首里城の復元などです。

金融特区構想でも、最終的な実現に向けては山中氏の配慮、水面下での影響が多々ありました。筆者は金融特区構想のきっかけともなった「キャプティブ」を提唱した関係もあり、金融特区が導入された後、お目にかかる予定でした。アポイントメントの日程が決まっていたのですが、体調を崩され、ご高齢でもありましたので、遠慮した経緯があります。

あのとき、無理してお会いし、沖縄の将来について、アドバイスを今一度受けておけばという思いを強く感じています。沖縄にとって貴重な存在を失ったこと、その影響などを鑑みると、残念でなりません。

金融特区に関しては、山中氏が周囲を説得し、導入したという経緯があります。そうしたことを考えるに、今ある制度・内容で何ができるのか、どう活用すべきかをしっかりと検討していく必要があります。
特区制度は、沖縄に進出してきた県外企業ないしそのグループ子会社を通じ、10年ぐらいかけてじっくり創り上げるということが大事だと考えます。

理論上は正しくても実践できなければ、後が続きませんし、一度ワンタッチしても、リピートしなければ意味がありません。

何が大事で何が優先されるか、情勢を見極める。
時間が経過すれば、魔法は消えますし、また別の魔法が必要となってきます。
経営戦略、事業戦略とはそういうものです。

今、この時点でいえますことは、ナレッジワーカー(金融人を含む知識層)が自らの時間をかけ、時間を割き、沖縄に集う仕組みを作ることが大事となります。自らのリスクで何を提示できるか、ナレッジワーカーが考え、繰り返し、来沖する仕組みです。

商売オンリーの、ダイレクトなマーケティングでは人は動きません。
それは単なる客引きです。
本当に儲かる場所、商売の方法、信頼できる人材、リーダーが居れば、人はそれにあやかりたいと考えます。

工夫できる範囲で工夫をする。
日々精進。
金融特区の成功は、山中氏への恩返しでもあります。

良い知恵を関係者で搾り出す、そうした努力をこれからも続けていく、続けていただけたらと考えています。
「ビジネス沖縄」は、そうしたことを補完し、サポートするための「場」を提供していきたいと考えています。